日本の保育園事情は台湾帰りの我家にはかなり酷だった件

スポンサーリンク

今でこそ日本で保育園を探すことがいかに難しいのか経験談として話せますが、台湾から日本へ戻ってくる事を決めた昨年12月の時点では全く状況も知りませんでした。

台湾から日本のネット記事で目に入ってくるレベルでしたが、実際に保育園について調べ初めてると次第にその大変さがわかるようになって来ました。

今回は保育園を探せど中々見つからず、家族全員で日本で生活する事を諦めようかとまで悩んだ、我家の2歳になる娘の”保活”の実録です。

遅すぎた保育園探し。日本は4月入園が殆どで申請が始まるのが10月頃!

日本に帰ることを決めたのが12月。それから始まった日本への引越し準備。

色々な台湾での処手続きや、引越し業者探しなど細々とした作業が多い中で、保育園探しも始まりました。

そもそも、台湾では共働きがあたり前で保育園探しも妊娠中から始まるのは日本と同じですが、探し方や保育園事情は日本とはちょっと違います。

出産休暇や育児休暇も日本よりも短期間しか認めらておらず、台湾の女性は仕事に直ぐに復帰するのが普通です。詳しくは別の記事にまとめていますので参考までにどうぞ。

調べ始めはじめてまず愕然としたのは、探し始めた時期では既に保育園の申し込みはほぼ終了(汗)だったこと。

我家が住む予定の役所から保育園関連書類を入手出来たのは既に12月末でした。

当時は認可保育園と認証保育園の違いすらわかっていない状況の中で、役所から貰った分厚い資料を見ながら申請に必要な条件や書類などを何とか把握。

児童手当やら●●申請用紙となるものが大量にあり、とはいえ他の事も同時進行なのでそれに没頭するわけにも行きません。しかも台湾人の家内に日本の保育園について聞いても知っている訳もなく。。。(涙)

インターネットで役所のホームページや色々な経験者の方のブログ等を毎日読み漁りながら

う〜っ・・・あぁぁあ

と唸ったのは数知れません(苦笑)

資料読み込んでも理解できない事はメールで役所の職員の方とやり取りしながら、時に国際電話をかけながら理解していきました。

そして二次調整の申し込みの締め切り少し前に、申請用紙や必要な公的書類などを用意して一旦日本へ帰国。

残念ながら、というよりも当たり前だったのですが二次調整での申請準備で役所に尋ねた際には、二次調整の空き状況はかなり競争率が激しいので入園できる確率はかなり低いという事実を知ることぐらいしか出来ませんでした。

いよいよ書類作成や今までの努力も虚しく保育園に入れないという現実が目の前に立ちはだかった状況でした。

認証保育園も役所から貰ったリストをしらみつぶしに電話をしましたが、かけてもかけても既に閉めきっているとの回答。順番待ちにすら入れ貰えないという状況が続きました。

挙げ句の果てに電話口に出た女性から

”見学に来たことありますか? 見学に来て見てもらわないことには申し込みは出来ません・・・”

なんて言われる始末。。。(涙)

こんな電話が5件、10件と続き絶望のピークに到達

保育園すら決まらない。。。保育園すらというと語弊がありますが、海外引越しで必要な手続きは保育園だけではありません。家内の居留許可も取得しないといけないですし、年金や健康保険などの手続きも必要です。

でも保育園が決まらないと共働きという前提が崩れてしまうので、そもそもの我家の生活スタイル、住む場所など全て最初から検討しなおさなければいけないという状況に陥るのです。

当時の家内と私が日本に一時帰国した時期が2月ということもあって、台湾には無い冬の寒さにエネルギーも日々奪われていました。

保育園が決まらないと住む場所さえしっかりと定まらないという、今考えると当時が一番しんどい時だったような気がします。


我家の決断は保育園に入れる街を探すことでした

二次調整の申請後、その結果がでるのは3月中旬とのこと。

その間は入れるとも入れないとも分からない期間が約1ヶ月近くもあるわけです。認証保育園にも空きを見つけられない状況下で、低い可能性に我家の日本生活の方向性を掛けざるを得ない状況でした。

そんな中、ふと他市や他県の保育園事情を調べてみようと何となくGoogleで検索。

やっぱり首都圏はどこも同じ状態なんだな。。。と、ぼーっと見ながら溜息混じりに家内と話している時でした。

少しでも待機児童が少ない別の街を探してみない?

自分
えっつ??

当時の私は住むところを変えてというアイディアは全く持っていなくて、ネットを見て色々な情報を見る限りは多かれ少なかれどの街も待機児童を多く抱えているので諦めていました。

でも、二次調整の結果が出て来るまでただひたすら待っているというのは、心境的にもしんどいので気分転換も含めて他の街へ探しに行くことを始めたのでした。

仕事場までの通勤時間は考慮しながら、まずはインターネットで賃貸物件を探しながら同時に物件近くの保育園も調査。

当然当時は認可保育園に関しては二次調整の申し込み期間中ですし、認証保育園に関しては賃貸物件が気に入れば直ぐに電話で空き状況を確認するというような作業を毎日していました。

我家が幸いだったのは、ほぼ朝から晩までこの作業を続けられる環境だったこと。

というのも、家内はまだ日本語が話せないので当然住宅探しも保育園探しも全て私がやる必要があったのでした。仕事を始めるのは4月からとしていたので、終日住宅と保育園探しが出来たのでした。

一般的には旦那さんが仕事で帰りが遅くなったり、平日の日中は仕事があるので保育園探しは奥さんがメインとなったり、共働きだと土日にしか動けない家庭も多いかと思います。

そういう意味では我家はかなりピンチな状況でしたが、恵まれた状況でもありました。

そして最後にたどり着いたのは神奈川の茅ヶ崎市

仕事場までのアクセスや街の雰囲気が賃貸物件を見学に来た時に街の雰囲気がとても気に入ったのでがきっかけでした。

賃貸物件を見学後、すぐに物件近くの保育園を調査してそのまま電話。賃貸物件の見学が午前中だったので、午後から保育園探し。

すると数件連絡した認証保育園から、まだ約束できないけど数日以内に数人空きが出る予定だから名前を登録して後日入園可否を連絡すると言われたのでした。

その時点では確定は貰えませんでしたが、”保活”を始めて初めての可能性を感じる事が出来たのでした!

しかも翌日には入園可能との連絡を貰って、やっと我家の日本での道が開けたように感じました(涙)

まとめ

メディアでは待機児童や保育園にまつわるニュースが毎日の様に流れていますが、我家の”保活”は本当に偶然の賜物でもあり、ラッキーだった部分が多かった様に思います。

ただ、保育園に入れる場所を求めて住む場所を変える判断をしたのは一つのキーポイントだったと思っています。認証でも認可でもまずは入れるところを探すという考えで動いたのが結果的には良い結果になりました。

もちろん、保育園に入ることができるので”保活”は終了しますが、でもこれからが我家にとって本当の意味で日本生活のスタートとなります。

まだまだ前途多難ではありますが、応援よろしくお願いします(苦笑)

ちなみに、日本から台湾に駐在されているご家族が日本に帰る時や我家の様な日台家族の日本移住時は、本当にかなり前から検討して動いて準備しないと大変だということを是非お伝えしたいです。

そんな事わかってるよ!

などと言われそうですが・・・(笑)

それでは今回も最後までお付き合い頂きありがとうございました。

スポンサーリンク

ABOUTこの記事をかいた人

台湾自由人

台湾人の奥さんとの結婚を機に台湾の台中にて生活をした後、家族揃って日本に移住。現在、神奈川県の湘南にてのんびりとした普段の生活と、台湾について主に綴ってます。更新頻度は不定期ですが備忘録も兼ねて綴っています。詳しいプロフィールこちらも見てください!http://freenist.com/profile